こころとからだを繋ぐ
むずれひっぽ相談室
スタッフ紹介
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スタッフ(1)
五十嵐郁代 プロフィール
国家資格: 薬剤師・精神保健福祉士・公認心理士・臨床検査技師・放射線取扱主任者
認定資格: TFT(思考場療法)-VT修了、
TFT-RCT(TFTアルゴリズムレベルは教えられます)TFT一般講師
BG(ブレインジム)インストラクター
その他: EMDR(眼球運動による脱感作と再処理)パート1・2修了
B-RMT(ブルムベルグ式リズミック・ムーブメント)Ⅰ~Ⅳ修了
略歴 : 広島大学医学部薬学科卒業。広島大学研究室にて文部技官として勤務。
広島市島神経科内科クリニック(1988~2006)にて、医療事務、薬剤師、
精神科ソーシャルワーカーを兼務。
武蔵野女子大人間関係学科心理学通信教育課程卒業。
山形市ヒッポメンタルクリニック(2007~2019)にて、「こころと体の交差点」に
たって心理相談業務に従事
現在(2020~)むずれひっぽ相談室
「からだ・こころ・ことば」を揺れて、物語を紡ぐお手伝い
エネルギー心理学と言われる領域を通して、心理的な不調から生じる身体の不調を軽減し、心身の統合をはかります。
発達性協調運動障がい、トラウマ性発達障がいの身体にアプローチします。
鈍感になっていた身体感覚を取り戻し、過去の自分を客観的に振り返り、自分では気づけなかった自分に気づくようになると、それまで言葉にできなかったことを言語化できるようになります。思考がクリアになってくると、あなたの本質に気づき、等身大の未来の自分のイメージもクリアになってきます。そのイメージが現実のものになるような身体的支援を目指します。
問題について話したくない方の、身体のバランス調整のみも行います。ただし、言語化しておくほうが身体的不調の再発が少ないように思います。
一般向けとして、セルフケアのためのTFT一般講習、ブレインジムによるバランス調整も可能。声を通して診断する電話による遠隔対応も可能です。
従来の身体技法にオリジナルの技法を加えて施療しています。
心理相談業務に至った経緯
広島市島神経科内科クリニックで、薬剤師として服薬相談をしているうちに、子どもの不登校や家庭のことなどの悩みを相談されるようになりました。さらに、性暴力被害・DVなどの女性のトラウマへの相談を求められるようになり、トラウマに取り組む機会が増えていきました。これをきっかけに、患者さんにどう対応したらよいか苦慮し、薬物療法(服薬)で改善を期待できない人の治療を模索し、薬物療法以外の道を探り始めました。
まずは、ソーシャルワークの必要性を実感し、ソーシャルワークを学び、その頃流行ったAC(アダルトチルドレン)の自助グループなどのグループワークを試みました。
幸いにも、神戸大学にいた故・安克昌が主催するメーリングリスト・デルタ(日本解離研究会)に参加でき、解離の知識を深めることができました。服薬でよくならない患者さんのトラウマの対処として、非言語療法のうち身体志向性の技法を習得し、心理相談業務に従事してきました。クライエントのほとんどは女性です。
TFT(思考場療法)アルゴリズムレベルを故・高崎吉徳から、TFTステップBとTFT-VTをロジャー・キャラハンから受講し、TFT-RCT(アルゴリムレベルのトレーナー)資格を得ました。EMDRパート1・2は、アンドルー・リーズからを受講しました。インス―・キンバーグやスコット・ミラーのSFA(ソリューション・フォーカスト・アプローチ)研修、ジェフリー・ザイクのエリクソン催眠研修などにも参加、2011年の環太平洋ブリーフセラピー会議に出席できました。また、吉川流動作法にも出会えました。
山形に移ってのち、ブレインジムという教育プログラムに出会い、はじめは、解離性障害の治療応用を目指して、ブレインジムインストラクターを取得しました。原始反射への対応、RMT(ブルムベルグ・リズミック・ムーブメント・トレーニング)などの身体を活用する技法なども学びました。
分担執筆・著書など
五十嵐郁代・五十嵐善雄「心の健康を育むブレインジム 自分と出会うための身体技法」 農文協 2017
五十嵐郁代編「こころの臨床ア・ラ・カルト ブレインジム特集号」星和書店 2011
宮地尚子編「トラウマとジェンダー 臨床からの声」 金剛出版 2004
五十嵐郁代「精神科治療におけるTFTの有効性-コメディカルのTFT使用事例から」TFTジャーナルVol,1 No.1 2009
五十嵐郁代「私のTFT活動報告〜被災地の周辺・山形から〜」TFTジャーナルVol.2 No.1 2013
五十嵐郁代、福井義一、大塚美奈子、白川美也子「EMDRと相性のいい心理療法」EMDR研究 第8巻 1号 2016
<監訳>
五十嵐善雄・五十嵐郁代・たむらゆうこ監訳「トラウマからの回復」S・マスコトーバほか著 星和書店2013
所属学会
日本トラウマティック・ストレス学会(JSTSS)
日本家族療法学会
多文化間精神医学会
日本EMDR学会
TFT協会
日本教育キネシオロジー協会
学会発表など
2008日本家族研究・家族療法学会WSから続けて3回、TFTの自主シンポ
2009・2010日本家族研究・家族療法学会学術大会にて「TFTの家族療法への適応」
2010日本トラウマティックストレス学会にて「幼児期に性的虐待を受けた女性のTFTタイムラインセッション」、多文化間精神医学学会学術大会にて「ブラジル系日系女性のエスノグラフィー~異文化ストレスへの非言語的アプローチ」
2015 EMDR学会にて「EMDRと相性の良い心理療法」シンポジスト
スタッフ(2)
アートセラピスト・プロフィール
国家資格: 公認心理士
認定資格: 臨床心理士
ANZACATA認定アートセラピスト
(オーストラリア・ニュージーランド・アジア・太平洋地域)
Teaching English Speakers of Other Language
Teaching Knowledge about Language Practice
最終学歴: WhiteCliffe Arts & Design College Master of Arts in Arts Therapy(Clinical) 修了
スタッフ(1)の紹介によってのみセラピーを受けることが可能
主に精神科クリニックで心理臨床業務に携わってきた。神経症、心身症、不登校児童、
自閉症スペクトラム児への支援、復職支援など。主として、アートセラピーをセラピーに用いるが、認知行動療法(スキーマ療法・TF-CBT)、SFA(ソリューション・フォーカスト。アプローチ)ブレインジム、タッピングタッチ、ロゴセラピー、SE、TFT、リラクセーション法、プレイセラピーなどを併用してその人がその人らしく生きる支援をしたい。
むずれひっぽ相談室を支える名誉顧問
名誉顧問(1)
五十嵐善雄・プロフィール
(1952~2019)山形市生まれ
岩手医科大学卒。精神科医。山形大学医学部精神神経学講座から1983年より二本松会上山病院に勤務。この間、四年間北九州市立デイケアセンター勤務し、坂口信貴氏に師事。2005年よりヒッポメンタルクリニック開業。統合失調症のリハビリテーション、精神療法に関心を持つ。そこから発展して、トラウマ治療・家族療法・心理教育・多文化間精神医学など、幅広い領域で活躍した。
役職
①ヒッポメンタルクリニック院長、②多文化間精神医学会監事、③日本家族研究・家族療法学会評議員、④心理教育・家族教室ネットワーク会議世話人、⑤「精神病治療を語る会」世話人、⑥厚生労働省認定精神保健指定医、⑦多文化間精神医学会認定多文化間専門アドバイザー、⑧心理教育・家族教室ネットワーク会議認定家族心理教育インストラクター、⑨日本精神神経学会認定精神科専門医、⑩日本医師会認定産業医、⑪Schizophrenia Frontier 編集委員、⑫日本精神科診療所医会会誌編集委員、⑬EMDR partⅠ&Ⅱ修了、⑭TFTアルゴリズムレベル修了、⑮山形県警アドバイザー、⑯山形県被害者支援センター嘱託、
⑰日本精神科診療所協会会誌委員
分担執筆
①『分裂病のリハビリテーション』金剛出版、1988、
②『精神病治療を語る』金剛出版、1992、
③『外国人労働者とこころ(現代のエスプリ)』至文堂、1995、
④『臨床精神医学講座第20巻 精神科リハビリテーション・地域精神医療』中山書店、1999、
⑤『心理臨床としての家族援助』金剛出版、2001、
⑥『家族療法リソースブック』金剛出版、2003、
⑦『精神科・神経科ナースの疾患別ケア、ハンドブック』MCメディカ出版、2005、
⑧『精神科看護エクスペール13、精神科看護と関連技法』中山書店、2005
など、多数。
(論文著書のコーナー参照)
<講演>1997年8月22日:韓国社会精神医学研究所にて『韓国人花嫁の神経症的課題』基調講演
統合失調症のリハビリテーションと精神療法をライフワークとしてきた。精神分析医:坂口信貴先生より四年間のスーパービジョンと教育分析を受ける。西園昌久先生、辻悟先生、新海安彦先生に不定期的スーパービジョン。林宗義先生に地域医療の、下坂幸三先生には家族療法のスーパービジョンを受ける。北九州市立デイケアセンター時代から西園昌久先生の紹介により、国内外の精神科医や臨床心理士、ソーシャルワーカーとの臨床的なディスカッションを体験。
名誉顧問(2)
島雅彦・プロフィール
(1952~2005)姫路市生まれ
広島大学医学部卒業、竹原病院、長尾病院の勤務医を経て、広島市島神経科内科クリニックを開業。卒業と同時に腎透析に入る。1995年10月 腎移植後腎がん脊椎転移骨折のため車いすとなり「医師と患者との間」をいつも大きく揺れ動いた。統合失調症の社会復帰にかかわっていたが、その頃勤めていた精神科病院の人権意識の低さと、自らの体験から、医療におけるリエゾン・コンサルテーションの不備を改善したいと総合病院に働きかけるが理不尽な理由により、断念。開業してからは、神経症圏の人たちの来院数増加に伴い、トラウマ領域の診療を開始し、保育園などで虐待関連の講演を担うようになった。